「ユイトと双子の探偵生活 File 001 御蔵入りの兄妹」サンプル - 1/2

――一年前、妻と息子を亡くした。
一瞬のことだった。
守ることすら出来なかった。

それから、すべてがどうでもよくなった。
空虚感に押しつぶされそうになり、この世の何もかもが敵になったかのような感覚すら覚える。
残りの人生を一人で生きていくことを想像するだけでぞっとする。

「唯斗……」

 

 

目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。
「……どこだ、ここ」
ぽつりと呟きながら視線を下げ、左のほうを見る。だがしかしそこには大きな窓があるだけで誰もいないようだ。
背中がふかふかする。これは、ベッドに寝ているのか。どこのベッドだ。何故。どうして。
意識がぼんやりとする。頭が鉛のように重かったが、力を振り絞って頭ごと右側へ向け、視線を移動させてみる。
そこには二つの赤い瞳が――いや、少年と少女の二人がこちらを覗き込んでいた。
少年の右目と少女の左目は色素の薄い、長い前髪で隠れていて見えない。
「うわっ……!」
思わず身じろぐと、二人はずいっとこちらへ身を乗り出してきた。
「な、な、な、誰だッ!」
威嚇するように大声を出すと少年のほうが不機嫌そうに口を開いた。
「誰だとは随分なご挨拶じゃねーか、おっさん。倒れてたあんたをここまで連れてきてやったってのによ」
「……え?」
俺が、倒れて?
「まだ混乱しているのね。あなたはこの屋敷の前で倒れていたのよ。いったいどうしたのかしら」
今度は少女が表情ひとつ変えずに口を開く。まだ幼さの残る声だが口調はどこか大人びている。
よくよく見れば、少年と少女は髪型こそ違うものの瓜二つだった。少年は襟足の部分のみを長く伸ばして三つ編みにしており、少女は腰ほどまである長い髪の片側を少年と同じように細く三つ編みにしている。少女の首元と少年の髪にはお揃いらしき赤いリボンが結ばれていた。双子だろうか。
「あー……ちょっと待て、俺は……そうか、倒れていたのか」
段々と頭が冴えてきた。
そうだ。あの事件のあと、俺は働く気も起きずに仕事を辞めて、僅かな貯金を切り崩しながら生きていた。しかし、そんな生活を続けて丁度一年が経過したところでついに金が尽き、住んでいたアパートを追い出される羽目になった。
真夏や真冬に放り出されなかっただけでもまだよしとするべきだろうか。世間で言うゴールデンウィークも終わり、暦の上ではもう夏だ。幸い屋外でも過ごしやすい。
こうなったからにはいっそポケットに残っていた僅かな小銭で行けるところまで行くのはどうだろうか。俺のことを誰も知らないような場所へ。先のことはそれから考えよう。などと思い立ち、勢いのままに電車に飛び乗ったのだった。
だが、所詮は考えなし。一時間ほど電車に揺られただろうか。そう遠くもないがよく知りもしない街に行き着いたところでただただ徘徊まがいのことをするしかなく。
そうして歩いているうちに腹が減って、しかし、金は電車賃で使い果たして……そこまでは覚えている。
「ああ、俺とイリがここまで運んで介抱してやったんだ、感謝しろよな」
「ちょっと、イル。失礼よ」
イリと呼ばれた少女が窘めると、イルと呼ばれた少年は慌てて少女のほうへと向き直る。
「だだだだって!」
「だっても何もないわ、一応はお客様よ」
少年は慌てるあまり顔を真っ赤にして少女の機嫌を取ろうとしているが、少女はというと、まるでそれがいつものこととばかりの薄い反応である。
それにしても、一応は……か。少女のほうが失礼なことを言っている気もするが気のせいということにしておこう。
「そうだったのか、それはすまなかったな」
そういえば、ぼんやりとだが街外れまで来たところで古びた大きな屋敷を見たような記憶がある。記憶はそこで途切れている。
ああそうか、俺は――。
「で? おっさん名前は?」
一生懸命少女の機嫌を取っていた少年だったが、思い出したようにこちらを見てそう尋ねた。
「……名乗るほどの名なんて持ち合わせていないさ」
「は?」
自嘲気味にそう吐き捨てると、すかさず少年がふざけるなとでも言わんばかりに声を上げる。
「イル。不愉快なのはわかるけれど、何か事情があるのかもしれないじゃない」
「そっ、そうだな! 流石イリ、俺の可愛い可愛い自慢の妹だ!」
まあ気持ちはわからなくもない。俺は二人から見て不審者のようなものだろう。
そんな人間を介抱してくれただけでもありがたいというのに、礼を言うどころか俺は彼らに拒絶を示したのだから。
……不愉快とはっきり言う少女のほうも少々辛辣な気もするが。
「でも名前がないと不便だよな。おっさんでも別にいいけどさ。仮名、権兵衛とかどうだ?」
「あら、それでは失礼よイル。ちゃんと名付けてあげなきゃ。ポチとか」
「はは、何でもいいよ」
何もかもがどうでもよくなっていた。それこそ名前も、人生も何もかも捨ててしまいたいほどに。
とはいえ、権兵衛やポチといった名は少々遠慮したいところだが。
暫しの沈黙ののち、少女が何か思いついたように口を開く。
「……ユイト」
「え……?」
「ユイトはどうかしら」
「な……どうしてだ! どうして、君が唯斗を知ってるんだ!」
少女の口から発せられた思いもよらなかった言葉を聞いて、思わず声を荒らげ少女に詰め寄ろうとする。
唯斗。死んだ息子の名前だ。どうしてこの少女がその名前を知っている?
すると少年が、俺と少女の間に少女を守るように立ち塞がり俺を睨んだ。
「おい、イリに何する気だよ」
少年の声は先ほどまでの少しおどけた調子とは打って変わって低く、静かな冷たい声となっていた。
「だいたいあんたが自分で言ったんだろ。ユイト、許してくれって」
「そうよ。まあ、魘されてたし寝言だったみたいだから、覚えていなくても無理はないけれど」
「……そう、だったのか。急にすまなかった」
「別に、構わないわ。あなたの無礼は今に始まったことじゃないみたいだし」
よもや、自らその名を口にしていたとは。それにしても、なんともまあ恥ずかしい寝言を聞かれたようだ。
「ほらイルってば、睨まないの」
見れば、がるるるる、とでも聞こえてきそうな勢いで少年が俺を睨んでいた。
「でもまあ……そうね、不便だしユイトでいいんじゃない? あなたの名前」
「いや、その名前は……」
妻と俺で一生懸命考えた、そんな名を俺なんかが名乗っていいはずがない。
「なんだよ、イリの言うことに不満があるってのかよ。まあ、ちょっとおっさんには似合わない名前だとは思うけどさ」
「だが……いや待てよ、そうだな。それでいい」
そうだ、これは罰だ。妻も唯斗も守れなかった俺への。その名を呼ばれるたびに思い出すのだ。それが、俺への罰だ。
「ふうん? なんだよ急に。ま、いっか。俺は御蔵イル。こっちは双子の妹のイリ。よろしくな、ユイト」
「イルくんにイリちゃんか、歳は?」
踏み込むつもりはないのだが、つい気になってしまう。唯斗と同じくらいの歳に見えるせいだろうか。こんなになってもまだ好奇心という感情はあるらしい。
「十四だよ。ってか、なんかむず痒い呼び方だな……。呼び捨てでいいぜ。そういうの、呼ばれ慣れてないし」
十四……ということはやはり唯斗が生きていれば同い年か。はて。俺が寝すぎていなければ確か今日は月曜で、窓の外や壁にかかった時計を見るにまだ昼の一時過ぎのようだが。学校はどうしたのだろうか。見たところ、二人ともどこかの制服のような格好をしてはいる。この国には飛び級などといった制度はないはずだし、小中は義務教育に当たるので平日のこんな時間に家にいるのは不自然だ。まさか、俺が週末になるまで眠りこけていたというわけでもあるまい。
「まあ、暫くゆっくりしていくといいわ」
「いや、もう俺は出ていくよ。あまり迷惑はかけられないしな」
そう言って立ち上がろうとするが、力が入らず足元もおぼつかない。
結局、ボスン、と鈍い音を立てて俺は再びベッドにその身を預けることとなった。
「出ていくんじゃなかったのか」
「無理よ。だってさっき寝ているときもずっとお腹の虫が鳴いていたもの」
イリがそう言うとタイミングよくぐぅ、と大きな音で俺の腹の虫が鳴いた。
「ほらね」
それ見たことか、とばかりにイリは肩をすくめた。寝言といい、この二人の前では恥ずかしいところばかり見せてしまっているような気がする。
まあ、いちいち恥じているような気持ちの余裕など今の俺にはないのだが。
「ちょっと待ってろよ。俺たちも昼飯まだだし、さっき出前を取っておいたんだ。そろそろ来る頃だ。出ていくのは食ってからでもいいだろ」
「出前……ってそういえば、大人は誰かいないのか?」
「いないわ。ここには、わたしたち二人きりよ」
……仕事か何かで不在という意味だろうか。いくらなんでも流石に二人暮らしには幼すぎる。仮に二人で暮らしているとしてもこんな屋敷に住んでいるのはどう見ても不自然だ。
と、疑問には思ったものの特に口に出すことはしなかった。イルとイリの二人もあまり聞いて欲しそうな雰囲気ではなかったし、何よりそれすらもが億劫だったのだ。
暫しの沈黙ののち、ピンポーンと来客を告げるベルが鳴った。どうやら出前が届いたようだ。
イリが部屋を出ていくとイルもすぐさま追いかけて行ってしまい、俺は一人、部屋に取り残された。
さて。よくよく部屋を見回してみれば視界に広がる天井は広く、その中央にはシャンデリア。調度品は少し古臭いものの、高級そうなものばかりだ。外から見たときもなかなかの大きさの屋敷だった記憶があるし、余程の金持ちか何かなのだろう。
そういえば二人はここには彼らしかいないと言っていたが、こんな大きな大人の男をどうやって外からここまで運んだのだろうか。これでも俺は身長が一八三センチほどある。ここ一年ほどはろくな食事を摂っていなかったから標準より多少痩せてはいるとはいえ、それでもそれなりには重いはずである。
……謎の多い二人だ。
などと考えてはみるものの腹が減ってそれ以上思考が巡らない。ああ、こんな死人のような状態になっても俺は生きてしまっているのだなあと嫌でも自覚する。
「よっ……と。ほら、食うだろ? ピザ」
イルは大きな宅配ピザの箱とコーラのペットボトルを抱えて、イリは皿とコップを乗せたお盆を持って戻ってきた。
「あ、いや……折角のところ悪いが持ち合わせが……」
いくら空腹とて、流石にこんな子供にご馳走になるわけには行かない。
プライドなんてものはとうにないが、だからといってそれとこれとは話は別だ。なにせ返せる金もなければ稼ぐための仕事もない。
「いいから食べなさい。このまま放り出してまた倒れられるほうが厄介だわ。それにお金のことなら気にしなくていいの」
「だ、だが……」
「気にすんな。いいんだよ、あいつら――親からそれなりに貰ってるし。金も、それにこの屋敷だって」
「そうなのか……って待て、屋敷も……?」
さらっと聞き流しそうになったがなかなかにとんでもないことを言っていた。いくら何でも十四そこそこの子供に屋敷まで与えるものなのか? たとえ溺愛していたとしてもやり過ぎだ。
「ああ、そうだけど。俺たちの親……親って呼んでいいのかもわからないけどさ。あいつら、俺たちのこと嫌いだから」
「お金さえ渡しておけばいいと思っているみたいね。まあ、別に気楽でいいけれど」
二人はケロリとした口調でそう言ってのける。窓から差し込む光で逆光になっていて、表情までは見えなかった。
「そんな……だが、どうして嫌われてると言い切れるんだ? もしかしたら、愛情の裏返しなんて――」
「ないな」
「ないわね」
俺が言い終わらないうちにイルとイリが同時に遮る。その反応から、これはただの反抗期からのすれ違いだとか、そういった類のものではないのかもしれないなと感じた。どうやらもっと根が深そうだ。
「いいんだよ。学校に行かなくてもあいつらが大金を払ってくれてるおかげで文句のひとつも言われないしさ。なんだかんだで利害一致ってやつ? さ、この話はお終いだ。ほら、ピザが冷めちまうぜ」
イルは強引に話を打ち切り、床に直接置かれたピザの箱を開ける。瞬間、ふわりと湯気が漂い、消えた。
するとイリは付属のチリソースの袋を開け、慣れた手つきでピザにかけていく。
「あっ待ってくれイリ! 俺、辛いの食えね……」
コーラをグラスに注いでいたイルが慌てて叫ぶが、既にすべてのピザにチリソースがかけられていた。遅かったようだ。
「あら、わたしがかけたチリソースが不満?」
「い、いや、そんなことは……。お、オレ、辛イノスキダナー!」
若干片言になりながらイルは叫ぶ。イリを溺愛しているのか、はたまた逆らえないのか。これまでの様子を見るに前者のようだが。
「そう。好きならこのたっぷりかかったのをあげるわね」
「え、流石にそれは……もがっ!」
言い終わらないうちに勢いよく口内にピザを突っ込まれ、イルは顔を真っ赤にして悶える。
……いや待て。どう考えてもイリはイルが辛いものが駄目と知っているのでは。
「ふふ、好き嫌いはよくないわ。イルのためには心を鬼にしないと」
イルはコーラの入ったグラスを引っ掴むと、なみなみと注がれたそれを勢いよく喉に流し込む。しかし、今度は炭酸のせいで噎せてしまう。それはそうだろう。
「あらあら。もっとゆっくり飲めばいいのに」
イリは悪びれた様子もなくクスクスと笑う。
微笑ましい……のかわからないがそんな光景をじっと見守っていると、イリはピザを二枚ほど皿に載せ、俺の前に差し出した。
「はいこれ」
少し冷めたそれは湯気こそ消えたものの、まだ皿の底がほんのりと熱い。チーズの隙間から厚切りのベーコンが顔を覗かせているだけの至ってシンプルなピザだ。
溢れんばかりにかけられたチーズとトマトたっぷりのピザソースとが混ざった、食欲をそそる香りがふわりと鼻を擽る。
ごくりと唾を飲み込むと再び腹の虫が鳴いた。だが、こんな見ず知らずの子供に施しを受けるのもどうなのかという気持ちと耐え難いほどの空腹とがせめぎ合い、なかなか口をつけることが出来ない。
「おいユイト。イリに出されたもんが食えないってのかよ」
「はあ、強情ね。変なプライドは捨てて食べなさい。わたしたちのような子供に助けられた時点でもう手遅れよ」
それもそうか。そもそも、今更格好つけられるような俺ではない。
「……わかった。じゃあありがたくいただくことにするよ。いただきます」
俺は皿に載ったピザを手に取り、口へと運んだ。
チーズの香りとトマトの旨みが口の中に広がり、チリソースの辛さがひりりと舌に僅かな刺激を与えた。美味い。久方ぶりにまともな食事を口にした。
気づけばつい、がつがつと貪り食ってしまった。空の皿を見てはっと我に返る。
「お代わりもあるわよ。大きいサイズにしておいたから遠慮は要らないわ」
「……すまないな」
「構わないわ。あと三枚くらいいけるかしら」
「ああ。食べられるよ」
考えてみればまともな(宅配ピザをそう呼んでいいのかは疑問ではあるが)食事をするのはいつぶりだろうか。特にここ三日くらいはコンビニで弁当を買う金すらも危うく、食事らしい食事を摂っていなかった。おにぎりひとつなんてのはまだいい。昨日の昼頃からは水以外何も口にしていないし倒れて当然だ。
どうしてここまで金がないかという話だが、家族と住んでいた家や家財道具を手放して得た金と、貯金のほとんどを妻の実家に支払ったからだ。
勿論断られたが、無理矢理押し付けるような形で置いてきた。自己満足でしかないしこんなことで許された気にはならないが、俺にはそれしか出来なかったのだ。
そのあとは仕事も辞め、物のない安アパートの一室で死んだような生活を送っていた。そして残った僅かな金も尽きてこのザマだ。
そんなことを思い起こしながら黙々とピザを食す。
気づけば、ピザの半分は俺の胃の中に入るという結果になった。
「満足したかよ? じゃあ、片付けてくるからもうちょっと休んでろ」
二人はピザの箱や皿を手に取ると再び部屋を出ていった。
……しまった。またここを出ていくタイミングを見失ってしまった。
出ていったところで行く当てなどこれっぽっちもないが、これ以上迷惑をかけるわけにも行かない。だが、ピザという借りが出来てしまった。二人は気にするなと言っていたがそうも行くまい。
「どうしたもんかねえ」
ふと、ベッドサイドに目をやると、サイドテーブルの上に木で出来た多面体のようなものが置いてある。何だろうとよく見てみると、それはパズルのようだ。組み替えることで分解できるタイプのものらしい。かなり苦戦しているようで、ぐちゃぐちゃに組まれていてとても簡単には解けそうもない。
俺はそれを手に取ると、向きを変えながらじっと眺める。
ふむ。かなり複雑ではあるが解けなくはなさそうだ。
「はー、片付いた片付いた」
部屋の扉が開き、手ぶらになった二人が戻ってきた。
「イルは箱を捨てただけじゃない。お皿を洗ったのはわたしよ」
「まあ、食洗機に入れただけだけどな」
イルが付け足すと、イリはぎろりとイルを睨みつける。イルはその視線には気がついていないようだが、気づいたらきっとまた、もの凄い勢いで弁解することだろう。
「お、逃げ出してなかったか……ってそれ」
イルは俺の手元を指差した。無造作に置いてあったとはいえ、彼らの所有物だ。勝手に触ってしまってはまずかっただろうか。
「す、すまん。すぐ戻すから」
「ああいや、いいんだけどさ。どうせそれ、解けないし」
「やってもやってもぐちゃぐちゃになっちゃうだけなのよね。退屈しのぎに丁度良さそうだと思ったのだけれど。かといって捨てるのも勿体ないし」
ふむ。買ってはみたものの解けずに放っておいたというところか。よくある話だ。「ちょっと解いてみてもいいかな」
「え、ええ。でもそれ、難しいわよ?」
イリが言い終わるのとどちらが早かったか。俺はパズルを組み替え始めた。
最初は解けるかどうか半信半疑といった顔の二人だったが、無言で俺の手元を見つめるうちにいつの間にか真剣な表情になっていた。カシャカシャと小気味良い音だけが部屋に響く。
「はい、出来た」
一分ほど経過したとほぼ同時に分解されたパズルを差し出すと、口をぽかんと開けたままだった二人は顔を合わせ、目を輝かせた。
「す、すっげー! あんなに苦労したのに一瞬じゃねーか!」
「人間、見た目にはよらないものね……」
一言余計だ。まあ、今の俺は伸ばしっぱなしのボサボサの髪に無精髭を携え、さらにはくたびれたTシャツに色あせたジーンズ、おまけに下駄という不審者極まりない見た目ではあるのだが。よく家に連れ帰る気になったものだ。
「なあなあ、じゃあ今度はそいつ、組み直せるか?」
まるで勢いよく振られた尻尾でも見えるかのような勢いでイルは問いかける。
イリは何かを探すように部屋の片隅にある大きな木箱をゴソゴソと漁り始めた。
「ああ、組めばいいのかい?」
バラバラになった木のパーツを手に取り、逆の手順で組み上げる。今度は三十秒程度で組み上げてみせた。解く前はバラバラになってしまっていた表面の模様も綺麗に組まれている。我ながらいい出来だ。
目をキラキラさせたイルは組み上がった多面体のパズルを手に取ると、様々な角度から眺めてはそのたびに感嘆の声を上げた。
「いやまじですげーな!」
そこまで素直に喜んでもらえると流石に悪い気はしない。
パズルの類は得意だった。あの事件のあとも、いくつか手放さずに手元に残していたほどだ。こういうものに打ち込んでいる間は何もかもを忘れて集中できる。
「これも、解けるかしら」
イリが抱えきれないほどの大量のガラクタのようなものをベッドの上にどさりと置いた。見ると、知恵の輪にルービックキューブ、他にもバラバラになった立体パズルのようなものが大量に。ジグソーパズルのピースもある。
「やってみるよ。ただ、これなんか時間がかかるかな」
そう言ってジグソーパズルのピースを指差す。どうやら無地のもののようだ。
ジグソーパズルは模様がないだけで難易度がぐっと上がる。なにせ、模様からピースの大まかな位置が推測できないのだから。
とはいえ、俺が数あるパズルの中でも最も得意とするのがジグソーパズルだ。ピースが欠けてさえいなければ、どんなに難しいものでも完成させられる自信はある。
「構わないわ。やってみせて。ああ、ピースは箱から溢れてはいるけれど無くしてはいないはずよ」
「いや、流石に数日はかかるぞ? そんなに世話になるわけには行かないだろう」
ガラクタ、いや、パズルの山の中を少し探してみるとにピースの大半が入っているらしい箱があった。見ると、一〇〇〇ピースと書いてある。これは、どう頑張っても一日では出来ないだろう。人によっては一ヶ月以上かかることもあるはずだ。
「別にいいけどな。部屋なら余ってるし」
「ええ。それに、どうせ行くとこなんてないんでしょう?」
「いや、だからといって色々あるだろう。親御さんにもなんて説明していいか……」 そこまで言ってはっとした。二人の表情がみるみるうちに曇っていく。
「あいつらなんて関係ねーよ」
「大丈夫よ、何も言わないわ。ここに来ることもないし問題ないわよ」
ここに来ることもない……? これは、ネグレクトとかいうやつだろうか……?
「だ、だが、俺が君たちに何か危害を加えるかもしれないだとか、そういう可能性だって……」
「あら。危害を加える気なの?」
「そ、そういうわけじゃないが……」
「ならいいんじゃねーか? 別に害がないんなら、それで」
いや、それは流石に警戒心がなさすぎるのではないのだろうか。
「大丈夫よ。もしものときは切り札だってあるし」
イリは不敵な笑みを浮かべる。切り札? 大人の男に立ち向かえるような何かがあるというのか?
「それでも、ただで世話になるわけには……」
「それなら料理は出来る? 掃除はどうかしら。出来るのなら家事でもしてくれればいいわ。面倒だからってだいぶ溜まってるのよね」
「ユイト、頭良さそうだし家庭教師なんてのもいいんじゃねーか? 知識はあったほうがいいと思って勉強はしてるけど、教科書とか読むだけじゃ効率悪いし」
イルが手をぽんと叩く。
「あら、いいじゃないそれ。そうしましょう」
「え、いや、ちょっと……」
抗議の声を口にするも、もう決定事項とでもいうような雰囲気になってしまっていた。まあ、考えてみれば助けてもらった借りもある。せめて、数日は雑用でも家庭教師でもやるべきか。
「……負けたよ。暫くお世話になります」
こうして、半ば無理矢理と言った形で俺はこの屋敷の居候になることとなった。

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