「ユイトと双子の探偵生活 File 002 永遠のアイドル」サンプル - 1/2

俺が御蔵家に来てから、ひと月ほどが経過したある金曜日の午後。梅雨の空はどんよりと曇り、降ったり止んだりと落ち着かない天気だ。
そして、空と同じくらい落ち着かない様子の人物がここに二人。
「はー、暇だな」
リビングをうろうろしているのは、片目を髪で隠した赤い瞳の少年――御蔵イル。
イルは、ふと立ち止まると大きな欠伸をひとつ。
その横でソファに腰掛け本を読んでいた、イルと瓜二つの少女――イリもつられて小さく欠伸をした。
「ふあ……。そうね、依頼も最初の猫探し以来さっぱりだし」
この双子、イルとイリが勝手に始めた探偵事務所。やたら盛大に宣伝してしまったようで、俺が気づいたときには既にあとには引けない状態になっていた。
元々探偵をしていた俺だが、あの事件のあときっぱりと廃業したつもりだった。
しかし、もうこうなった以上は腹をくくるしかない。やると決めたからにはきっちりやるのが俺の主義だ。
なによりいつまでもイルとイリに養われている状態のままというのも気が引ける。
とはいえ、件の猫探しの依頼以降はさっぱりだ。その猫探しも近所の子供からの依頼だったので、ジュース一本ずつという報酬で引き受けた。まあ、イルとイリは不満そうだったが。
よって、探偵としての収入はここまででジュース三本だけということになる。生活費の足しにすらならない。
「あのな、そんなにホイホイ依頼が来てたまるか。だいたい、誰が得体の知れない探偵に依頼しようなんて思うんだ」
「しないわね」
「しないな」
即答だった。
……わかっているのならばどうして探偵などやろうと思ったのだろうか。
「まあ、面白そうだったし」
いや待て。何故俺の心の声に返事するんだ。俺は今声に出していたのだろうか。
「ユイト、わかりやすいんだよな」
「本当。よくそれで今まで探偵としてやって来れていたわね」
大きなお世話だ。一応は名探偵・時風アサトとも言われていたものなのだが。
そう。俺の本名は時風アサトという。何故ユイトと呼ばれているかといえば、俺が寝言で唯斗の名を呼んでいたためだ。唯斗とは元々、俺の息子の名前だ。
いや。俺の息子の名前、だった。
唯斗は一年少し前にとあるギフト犯罪に巻き込まれ、妻とともに死んだ。
ギフトとは、十人に一人ほどの人間が持つ特殊能力で、大抵は大したことのない、ちょっとした頭脳強化や体力強化程度のものだ。
俺は強力な頭脳強化のギフトを、イルとイリは歌で他人を催眠状態にして操ることが出来るギフトを持っている。
ギフトはその名の通り神が与えた祝福と持て囃される一方、ギフトによる犯罪もあとを絶たなかった。
妻と息子が巻き込まれた事件も、ギフトの悪用によるものだった。
その事件以来ずっと抜け殻のように生きてきた俺は、道で行き倒れているところをこの双子、イルとイリに拾われたのだった。
その後、なんやかんやあって誘拐事件に巻き込まれ、解決し、気づけばこんなことになっていた。
まったく、落ち込んでいる余裕すらない。
だが、この双子はどうも放っておけない。二人が唯斗と同じ十四歳だからなのか、それとも――。
「それにしても、本当にあんたらの親御さんは顔も見せないな」
ふと、浮かんだままに口にするとイルとイリの表情がさっと曇る。
「いいんだよあんな奴ら」
「ええ。このほうが気楽でいいわ」
イルとイリの両親は二人に屋敷とお金だけを与え、あとは顔も見せない。
実際、この一ヶ月の間一度も訪ねて来なかったし、連絡を取っているような様子も一切なかった。
「俺たちは出来損ないなんだから」
「そうよ。名前の通り、御蔵入り。なんてね」
いや。いくらなんでも、悲しすぎる。
「そうは言うが、得体の知れない男と一緒に暮らしているなど快くは思わないだろ。やはり、一度きちんとご挨拶を――」
そこまで言ったところでダン、という大きな音に言葉を遮られる。
イルが壁を殴った音だ。
「いいって言ってんだろ!」
イルはこれまでに見たことがないほどに不機嫌な様子だ。イリは本を読んだまま、こちらを見ることもせずに冷たい声で付け加える。
「そう。余計なお世話。わたしたちにはわたしたちの事情があるの。他人は口を出さないで」
……取り付く島もない。
「だが、家族というのはもっとこう、仲良くするべきなんじゃないのか? うちの唯斗なんかは……」
「あんたの事情は関係ないだろ! 俺たちは俺たちだ! ……もういい。しばらくあんたの顔は見たくない」
イルは激高し、そのままリビングから出ていってしまった。
イリは手にした本を見つめたまま、ぼそりと一言こう呟いた。
「……わたしたちは、唯斗じゃないわ」
その後、夕飯の時間になっても二人は部屋に閉じこもったきり姿を現さなかった。

 

 

 

翌朝、テーブルの上の冷めた食事を片付けながら俺はため息をひとつ。食事も置き手紙も俺が置いておいたそのままになっていた。
「こりゃ朝飯も食べないかな……」
とはいえ、作らないというわけには行かない。なにより人間である以上、ずっと食べないというのは不可能だ。
さて、それならば冷めても美味しく食べられるもののほうがいいだろう。
トーストは却下。和食も出来ることならば温かいものを食べて欲しい。
「サンドイッチ、かな」
そうと決まればあとは作るだけだ。
冷蔵庫から卵を取り出し鍋で湯を沸かす。湯が沸くまでの間に耳を取った食パンにバターをたっぷり塗り、ハムとレタスを挟む。沸いた湯に卵をそっと沈め、キッチンタイマーをセットし二枚目のパンを手に取る。二枚重ねのスライスチーズを挟んで斜めにカット。油を切ったツナ缶にマヨネーズをたっぷり入れて混ぜ、三枚目のパンに挟む。キッチンタイマーが鳴ったら茹で上がった卵の殻を剥いて潰し、こちらにもマヨネーズをたっぷり。パンに挟めばたまごサンドの出来上がりだ。
よし、我ながらいい出来だ。余った耳はあとでこんがりと揚げておやつにしよう。
と、そのとき。ピンポーンとチャイムの音が響く。
「ん? 誰だ、こんな朝早くに」
時計を見ると、時刻は午前七時半。個人宅を訪ねてくるには少々早すぎる。
と、なるとまさか。
「イル! イリ! 依頼だ!」
そのまさかだった。俺は依頼人をとりあえずリビングへ通すと、イルとイリを起こしに寝室へと走った。
「あー……? 今そういう気分じゃ……」
「アイドルの星川(ほしかわ)アオイが依頼人だ!」
そう。玄関のドアを開けるとそこに立っていたのは、桃色の軽くウェーブのかかったふわりとした髪にきらきらとした青い瞳。隠しきれないオーラ。隣にはかっちりとしたスーツ姿の真面目そうな男。
国民的アイドルの星川アオイとそのマネージャーだった。

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